「えっ、農家を継いだのに、お金も払わないといけないの?」
――そんな声が聞こえてきそうな、ちょっと複雑な相続トラブルについてお話しします。
長年農家を営んできた両親のもとで育った、長男Aさんと次男Bさん。
親が亡くなったあと、遺産の分け方でもめるケースは珍しくありません。特に、家と田畑の相続が長男Aさんに集中すると、次男Bさんが「自分にも取り分(相続分)があるはずだ」と代償金(※)を求めてくることがあります。
1.よくある“お家騒動”のきっかけ
代償金とは、簡単にいうと「不動産を相続した人が、他の相続人に対して払うお金」のこと。たとえば家や田畑は換金しない限りお金になりにくいですよね。
けれど「遺産の価値」を考えると、それだけもらった長男Aさんは他のきょうだいよりも多くの遺産を手にしたことになります。
すると、そこを調整するために「じゃあ、そのぶんのお金を払ってよ」という話になるわけです。
しかし、実際にはお金がない! 長男Aさんとしては、家と田畑を守りたいのに、代償金を用意するには売却するしかない…そんなジレンマが生まれます。
※代償金…遺産分割において、特定の相続人が不動産などを相続したかわりに、ほかの相続人へ金銭の支払いをすること。
2.そもそも、なぜこんなことが起きるの?
ポイントは「遺産が不動産に偏っている」こと。
農家にとって、田畑や家は大切な生活基盤です。しかし、それらの不動産には大きな評価額(価値)がついていることが多い。いざ相続となると「田畑と家の評価額=〇千万円」という話が出てきて、Aさんひとりがその大半を相続する場合、Bさんは「自分の取り分が減っているのでは?」と思うわけです。
また、不動産は売らなければお金になりません。農業を続けたいAさんにとっては、せっかく受け継ぐ土地を処分するなんてもってのほか。でも、次男Bさんに代償金を払わないと納得してもらえない…。これこそが最大のねじれ問題。
3.実際によくあるトラブル例
イメージしやすいように、少し具体的な例を紹介します。
- 長男Aさんが両親と同居し、農業を続けてきた
- 両親の介護や家の維持管理、農業の手伝いもしてきた。
- 「これだけ苦労してきたのだから、家と田畑は自分が受け継いで当然」と思っている。
- 次男Bさんは都会で会社勤め
- 親の介護や農業の手伝いをほとんどできていない。
- でも法律上は相続分があるし、「まったくもらえないのはおかしい」と感じる。
- いざ親が亡くなると
- 遺言がないため、相続は法定相続分で考えないといけない。
- Aさんは家と田畑を相続したいが、Bさんも「自分の権利」を主張。
- Bさんが代償金を請求
- 「家や土地をもらうなら、それ相応のお金を払ってよ」となる。
- Aさんは農業を続けたいのに、まとまった現金が用意できない。
- 不動産を売るしかない!?
- 結局、土地や家を売らないと代償金を捻出できない。
- 「でも売ってしまったら、農業をやめるしかない…」とAさんは途方に暮れる。
まさに、こうした事態が“農業を継ぐつもりだった長男の悲劇”といえます。
4.親が元気なうちにできる相続対策
では、このようなトラブルを防ぐにはどうしたらいいのでしょうか? 親御さんがまだ元気なうちに、以下のような対策を考えておくと安心です。
(1) 遺言書をつくる
もっとも大事なのは「遺言書」を用意しておくことです。
- 公正証書遺言にしておくと、後々の争いが少なくなる。
- 「長男Aには家と田畑を相続させる。次男Bには預貯金○万円を相続させる」と具体的に書いておくと、気持ちの行き違いが起きにくい。
- 遺言書の内容は、親の意向として法的にも尊重されるため、きょうだい間での口頭トラブルを避けられる。
農家の場合、不動産の評価額が高いので、できるだけ預貯金などを多めに残してBさんの分に充てるよう計画しておくのもひとつの手。もし預貯金が十分にないなら、次のような手段も検討してみましょう。
(2) 生命保険を活用する
生命保険の死亡保険金は「受取人固有の財産」とされるので、相続とは別枠でのお金になる、というメリットがあります。
生命保険の死亡保険金は、遺産に含まれない
判例:最高裁判所平成16年10月29日決定
- たとえば「受取人を次男Bさん」にしておき、保険金額をある程度確保しておけば、相続時にBさんへの取り分として代償金の役割を果たせることがある。
- 保険料を払う負担はあるものの、不動産しかないケースでは有効な対策。
- 一時的に大きな預貯金を用意できない農家のご家庭でも、保険をうまく利用することで「次男へのお金」を準備しやすくなる。
▼生命保険を使った相続対策はこちらの記事もおすすめ▼
(3) 生前贈与という方法も
少しずつ生前贈与(毎年110万円の非課税枠など)を活用して、きょうだい間のバランスを調整しておく手もあります。
- ただし、贈与税や将来の相続税への影響もあるので、税理士さんや専門家への相談が必要。
- 「どうせ農業を継がないなら、早めに現金を贈与して、納得してもらう」というケースもある。
- 生前贈与は効果が出るまで時間がかかることもありますが、将来の争いを回避しやすい対策です。
(4) 兄弟でよく話し合っておく
お金の話は、なかなかしづらいもの。でも、いざ相続が発生してからだと、お互いの気持ちに余裕がなくなるのも事実です。
- 「長男が実家を継ぐけれど、次男も相続分をもらいたい気持ちがある」ということを、両親と兄弟全員でしっかり共有する。
- 親の気持ちとして「農業を続けてほしいが、その分次男にも不満を残したくない」という意思を、明確に伝えておく。
- 兄弟の仲が悪くなる前に、「将来はこんな分け方を考えたい」と大まかに話し合い、専門家に相談するとより安心。
5.相続争いを防ぐための一言アドバイス
- 「うちは大丈夫」が危ない
「うちは仲のいい家族だから」「長男が継ぐのが当たり前だから」と思っていても、いざ相続となると価値が大きく関わり、感情も揺れ動きます。先手を打っておけば“まさか”の事態を避けられます。 - 専門家の力を借りる
税理士、司法書士、弁護士、行政書士など、相続に詳しいプロに相談すると、思いもよらないスキームや注意点を教えてもらえます。農家ならではの事情(農地の売買制限や補助金、農業委員会の許可など)もあるので、プロのアドバイスが重要です。 - 将来の相続税にも気を配る
農地を持っていると、一定の要件を満たせば「納税猶予」の制度が使えることも。これを活用すれば相続税の負担を抑えることができますが、条件をクリアしないと逆に大きな負担となる場合もあります。
6.まとめ
農家の相続では、不動産の評価額が高く、現金が少ないことも多いため、きょうだい間の代償金トラブルが起こりやすいです。せっかく長男が家や田畑を守りたくても、次男から「自分の取り分はどうなるの?」と問題提起されれば、円満に解決するのは簡単ではありません。
ここで押さえておきたいポイント
人が亡くなってからの財産問題は、誰にとっても気持ちがしんどいものです。親御さんの希望としては「子どもたちが争わずに、実家の農業を守ってほしい」という思いがあるはず。元気なうちにきちんと話し合い、その思いを形にするための準備をしておくことが、後々の家族みんなの幸せにつながります。
もし今、「うちは大丈夫」と油断しているなら、ぜひ一度、家族で話し合ってみてください。そうすることで、長男が家や田畑を守り続け、次男も納得のいく形をとりやすくなります。親ができる相続対策をしっかりしておけば、残された家族みんなの笑顔が続くはずですよ。
最後にもうひとこと
相続の対策は「いつ始めても遅くない」とよく言われますが、実際には早ければ早いほど良いです。親御さんがまだまだ元気なときにこそ、ゆっくり話し合う時間もとれますし、選択肢も広がります。将来の農業の継承と兄弟仲の円満を守るため、ぜひ「うちの相続、どうする?」という話題を避けずに向き合ってみてくださいね。
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